最近、「農業の経営継承」が大きく動き始めており、弊社に、農業版M&A(買収等)による事業継承の相談が多くなっております。
これは、農業経営者の高齢化や担い手不足などが深刻化する中で、経営継承(法人含む)について、直面する現実の課題として、対策を迫られていることが、その背景にあります。
農業の継承方法について、これまで多かった親族継承は減少し、第三者継承(農業版M&A)へ大きくシストしています。
しかし、農業分野における第三者継承は、中小企業庁が取り組んでいる中小企業分野である「中小M&A」との手法とは異なり、成立しない事例(買い手が見つからない事例)も多くみられます。
そこで、今回は、「農業法人の農業版M&Aの取組」を紹介します。
1【経営継承の第一歩】
まず、経営継承の第一歩として、現経営者が継承に向けた課題を客観的に把握するために、「経営承継計画書」の作成し、経営の「見える化」が必要となります。
「経営承継計画」の記載項目は、経営理念、経営概要(沿革等含む)、経営の強み・弱み、経営資産の概算額(譲渡額の算定方法等含む)、経営継承の課題整理、今後の経営の関わり方、経営継承計画、現経営者・後継経営者の現在・1年後~5年後の収支・経営計画など、項目別に詳細な計画書を作成します。
農業の継承資産は、(1) 経営権、(2) 資産(農業機械等+預貯金等)、(3) 知的資産(無形資産)に大別できます。
(1) 経営権の継承は、前経営者が廃業して後継者が開業する方法と、農業版M&Aによる会社譲渡と会社譲受の方法があります。
(2) 資産とは、流動資産(現預金・売掛金等)に加え、有形固定資産(土地・農地・建物・構築物・農業用施設(井戸施設等含む)・農業用機械・農機具・果樹(樹体)等)、無形固定資産(営業権・借地権・商標権・ソフトウエア等)、株式、負債(保証債務等含む)があり、詳細に各内容を把握する必要があります。
(3) 知的資産とは、人材・技術・組織力・顧客とのネットワーク、ブランド等の資産であり、農業経営の価値を創出して企業の競争力を導く資産を表し、継承した経営者がこの知的資産の活用が企業の発展に直結します。
これら(1)~(3)は、財務諸表等の分析だけでは表れないため、現経営者からヒアリングや、ほ場確認や農業施設の確認等を通じて、具体的に明確化して「見える化」することが重要となります。
2【農業版M&Aによる第三者継承】
農業版M&Aによる資産の継承方法は、下記の3つのパターンがあります。
(1) 事業譲渡:農業法人(売り手)の事業の全部又は一部を他の会社(買い手)に譲渡する方法をいいます。
この方法は、買い手は、譲渡の対象となる事業や資産を個別的に選択することができ、不要な事業や資産を買う必要がないため、買い手は買取後に売り手に簿外債務があることが発覚しても、その義務を負わないなどのメリットがあります。
一方、売り手は、デュ-・デリジェンス(DD)(法務・税務・労務等の監査を含む企業価値の算定)の必要性が低いなど、メリットがあります。
(2) 株式譲渡:農業法人(売り手)の株式を他の会社(買い手)に譲渡することで、会社の経営権を引き渡す方法をいいます。
この方法は、事業譲渡とは異なり、農業法人そのものを譲り渡すため、買い手は買取後に 簿外債務があることが発覚すれば、その義務を負うリスクがあります。
また、売り手は、売却の契約締結前に、デュ-・デリジェンス(DD)(法務・税務・労務等の監査を含む企業価値の算定)を正確かつ厳密に行う必要性が高く、コンサル会社に委託するなどコスト負担が増大するデミリットがあります。
一方で、売り手の農業法人に事業譲渡益が発生する事業譲渡と異なり、農業法人の株主に株式譲渡益が発生し、法人税等は課税されますが、消費税は非課税(課税対象外)となり、課税されないため税負担が抑えられるメリットがあります。
3【農業版M&Aによる第三者継承の進め方】
(1) (売り手)仲介業者(M&A支援機関等のコンサル会社)の選定
(2) (売り手)契約締結
(3) (売り手)事業評価
(4) (売り手)買い手の選定
(5) (売り手・買い手)価格交渉
(6) (売り手・買い手)基本合意書の締結
(7) (売り手・買い手)デュ-・デリジェンス(DD)の実施
(8) (売り手・買い手)最終 契約書の締結
(9) (売り手・買い手)クロージング(売買取引の完了)
農業版M&A(第三者継承)を進めるにあたって、売り手の農業法人の社内外での秘密保持は最重要であり、買い手・仲介業者についても完全な情報開示が鉄則であります。
事例としては、同業者等に、農業経営を丸ごと売却する「農業版の地域型M&A」も、徐々に増えてきています。
4【農業版M&Aによる継承後の先代経営者の併走と経営発展】
経営の譲渡を受けた後継者は、経営継承に向けた準備をし、円滑に経営移譲ができたとしても、短期間で全てを引き継ぐことは難しいため、経営を継承した後の1~2年間は、先代経営者がアドバイザーとして、後継者に併走し、今後の経営発展の支援を行う「譲渡」が少なくありません。
農業の経営継承においては、当該地域における継続性かつ持続性が重要であり、そのことが経営価値を高め、実績と信頼を得ることにつながり、農業経営の持続的発展を勝ち得ます。
5【譲渡する農業法人の資産評価の方法】
第三者継承における売買価格の算定は、売り手・買い手の双方の合意によりますが、下記による国税庁の財産評価基本通達や法人税基本通達による評価を基本としつつ、売買実例価額や農業譲渡の精通者意見価格を参考として、算出します。
(1) 農地の評価
◆ 純農地及び中間農地の評価 :倍率方式により評価
倍率方式とは、その農地の固定資産税評価額に、国税庁が定める一定の倍率を乗じて評価します。
◆ 市街地周辺農地の評価:その農地が市街地農地であるとした場合の価額の80%に相当する金額によって評価します。
◆ 市街地農地の評価:宅地批准方式又は倍率方式により評価
宅地批准方式とは、その農地が宅地であるとした場合の1m2あたりの価額から、その農地を宅地に転用する場合にかかる通常必要と認められる1m2あたりの造成費に相当する金額を控除した金額に、その農地の地積を乗じて計算する金額により評価します。
(2)土地(農地以外)
原則として、宅地、田、畑、山林などの地目ごとに路線価が定められている地域は「路線価方式」、路線価が定められていない地域は「倍率方式」により評価します。
(3) 建物
固定資産税評価額により評価します。
(4) 減価償却資産
農業機械等の一般動産:第三者継承(法人)の場合には、法人税基本通達に基づき、再取得価額を基礎として旧定率法により計算される未償却残額相当額によって評価します。
(5) 無形資産
商標権・営業権など権利ごとのその計算方法が相続税評価基本通達の規定に基づき、評価価額を算出します。
(6) 棚卸資産
第三者継承(法人)の場合には、法人税基本通達に基づき、農産物として販売するものとした場合の売却可能額から販売直接経費(見積)
を控除した正味販売価格により評価する。
(7) 株式(小会社)
原則として、「純資産価額方式」によって評価します。
具体的な手法は、農業法人の総資産や負債を原則として、相続税の評価に洗い替えて、その評価した純資産の価額から負債と評価差額に対する法人税額等を差し引いた残りの金額により評価します。
(純資産価額方式の計算式)
1株あたりの純資産価額=相続税評価額による純資産価額-負債の合計額-評価差額の法人税等相当額(マイナスの場合は0)
以上、農業版M&Aにおいては、譲渡する側(売り手)の資産評価は、農業特有の評価算定によって、正確に評価し、適正な譲渡額を算出して、買い手側との協議に臨みます。
このため、売り手側の前期及び前々期の財務諸表における「自己資本額」は、買い手側にとって、重要な評価の指標となりますので、譲渡を検討する準備段階から、農業経営の財務面には、特に、留意が必要となります。
農業法人の事業買収・事業売却など、農業においても、M&Aを実施するケースが増えています。ただし、M&Aには専門知識が欠かせず、経験がない経営者がプロセスを適切に進めることは容易ではありません。
農業版M&Aにより、事業承継を図る場合は、経験の豊富な専門家に依頼することが確実です。
また、事業承継税制特例などを受ける場合には、早い段階から申請など、準備が必要となりますので、専門家に相談されることをお勧めします。
【徒然のひとこと】
農業版M&Aによる経営継承は、中小M&Aの取組手法と異なり、農地・農業施設等の経営資源の資産評価や、自然・気象等による減収評価など、算定が難しい要素もあります。
農業経営継承計画書など、必要書類が整ったら、いよいよ次は譲受農業法人(買い手)探しです。
自社にとって最適な譲渡先農業法人を選定するポイントは、情報収集の情報量の大きさにおいて、様々の切り口があります。
弊社やまとグループでは、農業総合支援の一環として、農業版M&Aに関わるご相談から、農業経営継承計画の作成支援や、デュ-・デリジェンス(DD)(法務・税務・労務等の監査を含む企業価値の算定)の取組、譲渡先の選定支援など、ご要望に沿って、サポートさせて頂いております。
農業版M&Aによる事業承継について、ご検討されている方は、お気軽に、ご相談ください。